ちょっと今から医療事務やめてくる~9年間を振り返る~

医療

皆さんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか。

2022年1月末をもって医療事務として勤めていた職場を退職することとなりました。

約9年間、勤めてきた医療事務を少し振り返ってみます。

少々長いのですが、ぜひお付き合いください。

プロフィール

Kota
31歳の医療コンサルタント。とんねるめがほん運営。
9年間医療事務として外来・入院を担当。
毎月約9億円を請求していました。
米国株・仮想通貨投資家。米国株ETFとアルトコインを積み立てています。
趣味はゲーム・読書・ギター・ドライブ・スノーボード・ダーツ。
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入職時

就職活動をしていた大学4年生のころ、就職活動も全然うまくいかず、約40社の企業から「お祈りメール」を頂いておりました。

大学の卒業式も内定がないまま卒業しています。

大学の就職支援課から提案を受けたのが今の職場です。

当時、銀行を志望していた僕にとっては「医療事務」という仕事に一切魅力を感じていませんでした。

そんな僕でしたが、唯一といっていいほど面接で上手に受け答えができたのが今の職場です。

面接の翌日の朝、上司から電話があり、見事内定を得ることができました。

僕のほかにも多くの希望者がいたのですが、唯一僕だけが内定となります。

見る目がありますね。(いや、なかったかもしれません。後述します。)

外来担当としていざ”医療事務”

いざ医療事務として入職してみると驚きの連続でした。

日々あわただしく走り回る先輩たちがたくさん。

患者さんも毎日ごった返していました。

患者さんには声を張らないと聞こえないので、現場は毎日戦争です。病院の受付なのに。

今は電子カルテとなりましたが、当時はまだ”紙カルテ”の職場です。

一度「カルテがない」となると大騒ぎ。全員で捜索します。

僕は一体どんな仕事が待っているのかと期待と不安を胸に臨みましたが、入職してすぐに与えられた仕事は「約4000件のレセプトの糊付け」でした。

レセプトとは診療報酬明細書と呼ばれるA4の紙です。ひたすら左上に糊をつけて一人の患者さんの複数枚に渡るレセプトを一枚に糊付けしていました。

「なんでこんなことしてるんだろう」と思いながら糊付けをしていました。

そこでプリセプターと呼ばれる教育担当の女の先輩が現れます。

年上であることは間違いないのですが、当時22歳の僕からしたら何歳かわからない見た目でした。

後に10歳上だということがわかります。

現場にはいわゆるお局様のような人もおり、受付でありながらも殺伐とした環境でした。

プリセプターはそんなお局様の前でミスるわけにもいきません。

先輩は僕に一生懸命仕事を教えてくれました。

ですが、アルバイト感覚で仕事をしていた僕です。全然仕事に身がはいりません。

また、初任給で購入した腕時計が気に入っていたのもあり、先輩が一生懸命教えてくれている間も腕時計をちらちら見ていました。定時になっても全然帰る気配もなく、早く帰りたいな~と思う毎日。

ハッキリいうと「どうしようもないヤツ」です。

新入職員として約1年間はそんな感じで仕事をしていました。

後輩がミスしたらしっかりと教えていなかった先輩のせいです。

今思えば大変申し訳ないなと思います。

「自ら入りたくて入った職場ではない」という想いが強かったのもあり、あまり仕事に身が入っていない様子だったのを覚えています。

後に聞くところによるとやはり僕は問題児だったらしく、プリセプターの先輩も大変悩んでいたようです。

先輩も転職してきたということもあり、社会人としての自覚が皆無だった僕に対して今の職場だけではなく他でも通用するようにといろんなことを一生懸命教えてくれました。

当時の僕は怒られても全然響いている様子がなかったようです。あんまり覚えてないですけど。

ついに先輩がブチ切れる

そんな感じでなあなあと仕事をしていた僕ですが、入職して約1年後、ある日転機が訪れます。

それは僕のプリセプターのプリセプターつまり”大先輩”が退職することとなり、送別会が開かれる金曜日の昼間のことです。

僕は新患さんの受付業務を覚えていたころでした。

僕の職場では新患と再患の受付場所が異なっており、それぞれ担当する業務も異なります。

紙カルテであった当時、診察券は専用の機械でエンボス加工をして作成していました。

こういった形でカードにデコボコに加工するのがエンボス加工です。

一枚ずつ作成するのに非常に時間がかかる作業でしたが、あわただしくこなしていました。

現在はボタン一つであっという間に診察券ができてしまいます。便利な時代になりました。

新患の受付担当はおよそ一週間で交代しています。

次の担当者がスムーズに仕事ができるよう、診察券をある程度の枚数を準備(事前に診察券番号をエンボス加工)しておかなければなりませんでした。

金曜の担当は僕のプリセプターの先輩、翌日土曜日(午前中だけ外来診療があります)の担当者は僕でした。

金曜日の外来は非常に混雑し、ストックしている診察券もかなり底をついている状態でした。

通常であればある程度ストックを作成しておかなければなりませんが、その日は大先輩の送別会の日です。もちろん遅れるわけにはいきません。

そんな日もあっという間に夕方となり、みんなぞろぞろと居酒屋に向かっている中、

プリセプターの先輩は僕に「ごめん、ちょっとしかできなかった」と申し訳なく話されていました。

翌日土曜日は混雑することなく、新たに診察券を作成する時間はあるはずです。

ましてや、普段からお世話になっている先輩です。後輩の僕が土曜日に作成すればいいだけの話です。

しかし、そんな僕は「え~残していくんですか~」とニヤニヤしながら冗談まじりで答えました。

その答え方が良くありませんでした。

先輩は完全に怒ってしまい「じゃあ作っていくからいい!!!!!」と診察券を作り始めてしまいました。

金曜日の夕方5時です。もちろんこのまま作ると送別会には間に合いません。

先輩がお世話になっている大先輩なので外すわけにもいきません。

さらに、この時の送別会で先輩は”花束を渡す“という大役があったのです。

さすがの僕もこれはまずいと思い、すぐに冗談だと話しますが、一向に聞いてもらえません。

少し上の男の先輩も一緒に話してくださりましたが、全然だめです。

大先輩の送別会なので僕も遅れるわけにはいきません。

仕方がないので男の先輩と一緒に送別会に向かいました。

居酒屋につくとすぐに僕と先輩の話になります。非常に居心地が悪かったです。

その時ほどまずかったお酒はありません。

二度と職場の飲み会にはいかないと誓った日でもありました。(すぐに撤回されてしまいます)

結局、先輩は最後の最後に到着。花束は別の先輩が渡し、ラストオーダーも終わってしまっていたと思います。

僕はプリセプターの先輩から”花束を渡す”という大切な役目を奪ってしまったのです。

帰宅してどうしてそんなことが起きてしまったのかを考えていました。

当時の僕なりに考察した結果、プリセプターという関係ではありますが、冗談が通じる間柄ではなかったのです。

仕事をまともにこなせないやつが冗談をいってもどうしようもないことをひどく痛感しました。

それからは仕事への向き方も変わり、まじめに仕事をするようになります。

少しずつではありますが、自分自身でも成長を感じるようになりました。

僕は一連の仕事も覚えて先輩もプリセプターとしての役目を終えました。

きっと一安心したことでしょう。

今ではプリセプターの先輩とは大の仲良しです。冗談も通じるようになりました。

入院担当への異動

一生懸命に仕事をして課内でもそれなりに活躍できるようになった2019年11月。

ついに外来担当ではなく、入院担当に異動することになりました。

業務が大きく変わって大変になりますが、病院の収益を大きく占める入院部分です。今までよりもやりがいはより大きく感じるようになりました。

おまけにレセプト請求を担当していた上司が急遽退職し、僕がレセプト請求を担当することになりました。

レセプト請求は病院収益の根幹を占める部分です。

毎月8億円ほど請求しているので一つ間違えれば億単位でお金がなくなります。ミスるとクビどころの騒ぎじゃありません。

ものすごい緊張するところです。

僕は今まで培ったノウハウを全集中させて、業務に臨みました。

大きなトラブルはなく、レセプト請求をこなすことができました。

今では後輩に教えるようにもなりました。

さらには事務内だけではなく、理事長をはじめ、医師や看護部、薬剤部など病院内の様々な職種の人と連携して仕事をするようになりました。

院外薬局の誘致なども担当することになります。ほぼ何でも屋です。

ありがたいことに事務のことで困ったことがあれば僕のところに相談が来るようになります。

無理難題が飛んでくることもありますが、頼られていることもあり、一生懸命こなしました。

このままの医療事務としての自分

ですが昨年2021年の秋ごろ、ふと「このまま毎月同じようにレセプト請求していていいのか」と将来について不安を感じるようになります。

医療事務として約8年。一通りのことはできるようになりました。

他職種と連携して行う仕事はルーティンではありませんが、メインで行う入院担当業務やレセプト請求は毎月ほとんど同じです。思えば外来担当の時もほとんど同じような業務だったことを思い出しました。

職場は給与が特別低いわけでもなく(多くはないです)、残業時間があるわけでもなく(毎月5時間前後です)、仕事も自分ペースでできるようになっています。人間関係が悪いこともありません。

基本的な部分については文句をいうことはありません。傍から見たらもったいない職場かもしれません。

そんな悪く言うと「ぬるま湯」のような職場に居続けることが未来の自分自身にとってどういうことなのかを考えるようになります。

ついに転職活動。転職へ

同じころに転職活動をしていた後輩がおり、履歴書を一生懸命作成していました。

そんな姿を見て、自分も転職活動をやってみようかと思ったのがきっかけです。

むやみやたらに志望するのではなく、自分が本当にいいなと思ったところにだけ志望しようと思って転職サイトを覗きます。

散々見た結果、1社だけが自分の希望にあっていました。この度転職する医療コンサルタントという仕事です。

今までの医療事務としての経験を活かせる、さらに規模を大きくして医療経営として道を究めることができると思いチャレンジしました。結果的に内定を頂きました。

そして、退職する旨を伝えたところ上司はもちろんのこと、様々な人に引き止められました。

ですが、新しい道にチャレンジしたいという意思をきっちりと伝えると皆さん応援して送り出してくれました。

中には「あなたならどこでもできる」とハッキリと言ってくれた人もいます。非常に嬉しかったです。

プリセプターの先輩が一生懸命教えてくれたことがちゃんと実を結んだのを感じました。

「医療の業界」という意味では新しい仕事も変わりません。

さらに後から知ったのですが、新しく務める職場と今の職場は縁遠い関係でもないのです。

いずれ何かの形で恩返しできたらと思っています。

この先

2022年2月からは新しく医療コンサルタントとして仕事をするようになります。

勉強することも多く、苦難な道が待っているかと思います。

今までの経験を胸に、より飛躍します。

僕

ここまで読んでいただきありがとうございました!