医療機関から「事務」が消えつつある

医療事務のなり手がいない。
これは今、多くの医療機関が抱えている深刻な問題です。
給料が安い、仕事が難しそう、患者からクレームを受けそう——
そんなイメージが先行して、医療事務を選ぶ人が減っています。
確かに、医療事務は臨床現場と患者の板挟みになる仕事です。
医師や看護師のように患者を直接治療するわけでもない。
でも、ちょっと待ってください。
医師が患者を治療しても、それを診療報酬という「お金」に変えるのは誰でしょうか。
答えは医療事務です。
医療事務がいなければ、病院の経営は成り立ちません。
なのに、なぜこの事実に光が当たらないのでしょうか。
なぜ医療事務は「割に合わない」と思われるのか

給料が上がらない構造
医療事務の給料が低い理由は、収入のほとんどが診療報酬制度という枠組みに縛られているからです。
病院は国が決めた点数でしか収益を上げられず、その中で人件費を配分すると、どうしても医療事務は後回しになります。経営側からすれば「コストセンター」扱い。
つまり、お金を生み出す部署ではなく、お金がかかる部署として見られがちなんです。
私自身、大卒で新卒から医療事務をやっていて、初任給はそれなりにありました。
でも、今振り返るとそこからの伸びは正直微妙でした。
20代後半になって転職を考えたのも、そこが大きな理由です。
精神的な疲弊
医療事務の大変さは給料だけじゃありません。
患者からは「待ち時間が長い」「説明が分かりにくい」と文句を言われ、医師や看護師からもプレッシャーをかけられる(こともあるかも)。
まさに板挟みです。
SNSを見ていると、「患者がこんなことも分からなくて困る」みたいな投稿をする医療事務の人もいます。
「#医療事務の愚痴」で検索すると見ていられない投稿が散見されます。
でも、正直それは医療事務として能力が低いと思います。
患者は医療のプロじゃありません。分からなくて当然です。
むしろ、分からない人に心の余裕を持って対応できるかどうかが、医療事務の腕の見せどころだと思います。
そういう愚痴をSNSで発信する空気感が、「医療事務ってそういう仕事なんだ」という誤解を生んで、これからのなり手を減らしているんじゃないかと思います。
「潰しがきかない」という呪い
医療事務をやっていて気づいたのは、転職するときに選択肢が狭まるということです。
私が20代後半で転職活動をしたとき、医療事務以外の仕事として提案されたのは保険営業が主でした。でも、正直興味がありませんでした。
結局、医療経営コンサルタントという道を選びましたが、医療事務以外の選択として、医療事務の経験がそのまま活きる職種は限られています。
医療事務だからこそ見える「人間と社会」

医療知識は一生モノの教養
医療事務をやっていてよかったと思うことの一つは、医療について少しでも知れたことです。
小さいころから病院にかかることがあまりなかったので、二十歳そこそこの若者であった私は内科と外科の違いすら分かっていませんでした。
しかし、病院で働くようになってから、先輩にたくさん教えてもらったのもあり、診療科の特性や手術の内容、保険診療とは何かといった基本的な仕組みが理解できるようになりました。
医療は誰もがいつか関わるものです。
その仕組みを知っているだけで、自分や家族が病気になったときの判断材料が増えます。これは一生モノの教養だと思います。
人生の交差点を目の当たりにする
病院では、人生のさまざまな場面に立ち会います。
交通事故で人をひいてしまい、処置室で土下座している人を見たこともあります。
薬の飲みすぎで病院に到着後、受付そのまま沈んでいった(=見えなくなっていった)人もいました。
こうした極限状態にある人たちと接することで、人間の弱さや強さ、社会の複雑さを肌で感じることができます。これは医療専門職以外において、他の仕事ではなかなか得られない経験です。
医療事務は「患者体験のデザイナー」

診療の流れを円滑にする
医療事務の仕事は、診療報酬を請求するだけではありません。
患者が受付から会計までスムーズに進めるように動線を組み立てて、迷っている人に声をかけ、不安を和らげることも重要な役割です。
クリニックならそこまで複雑ではないかもしれませんが、病院だとある程度大きいので迷う人が多いです。高齢の患者さんや初診の人は特にそうです。
そういう人たちに心の余裕を持って対応できるかどうかが、病院の印象を左右します。
「心の余裕」は最高度の専門スキル
患者は医療のプロではありません。分からなくて当然です。それに対して「なんでこんなことも分からないのか」とイライラするのは、医療事務としてのレベルが低い証拠です。
情報の非対称性を埋める「翻訳家」として、患者に寄り添うことができる人こそが、本当に優秀な医療事務だと思います。
そして、そういう対応ができる病院は患者満足度が高く、結果的に経営も安定します。
「お局」問題と組織のガバナンス

古いやり方が新しい芽を摘む
医療事務の現場には、基本的に「お局」がいます。
そして、高齢のお局ほど診療報酬の改定に対応できていない可能性が高いです。
古いやり方で仕事を続けていて、若手が新しい方法を提案しても潰されることがあります。
医療事務は女性が多い職場です。そのため、女性同士の人間関係や「空気感」が職場を支配することもあります。
そこをうまくコントロールできる体制が整っていない医療機関では、長く勤めるのは難しいかもしれません。
経営層の責任
病院の経営層は、こうした「お局」問題を放置してはいけません。診療報酬の改定に対応できているか、職場の空気感が新人を萎縮させていないか、ちゃんと注目しておく必要があります。
ブラックボックス化した事務室に風穴を開けるのは、経営者の責任です。
これから医療事務を選ぶあなたへ

AIに代替される人、AIを使いこなす人
これからの時代、AIが医療事務の仕事を一部代替するのは間違いありません。
でも、単純な入力作業だけをしている人はAIに置き換わるでしょうが、患者に寄り添い、動線を設計し、経営を意識して動ける人は生き残ります。
むしろ、AIを使いこなして効率化できる部分を効率化し、人間にしかできない仕事に集中できる人が、これからの医療事務のスタンダードになるはずです。
医療事務を経験したからこそ見える景色
私は今、医療経営コンサルタントとして働いています。
医療事務を経験したからこそ、現場の課題がリアルに分かります。
診療報酬の仕組みを理解しているからこそ、経営改善の提案ができます。
転職して感じましたが、医療事務は、決して「つぶしがきかない」仕事ではありません。
経営の視点を持って働けば、その先に広がるキャリアはたくさんあります。
医療機関を動かしているのは、あなたです
医療事務がいなければ、医療機関は事業を継続していけません。
診療報酬を請求できなければ、医師も看護師も給料をもらえません。
患者の動線が混乱すれば、クレームが増えて現場が疲弊します。
医療事務は、病院という組織の「心臓部」です。その自覚を持って働けば、仕事の意味は大きく変わります。
医療事務の価値を理解し、誇りを持って働く人が増えれば、医療現場はもっと良くなる。そう信じています。
そして、そんな良い医療現場で働く医療事務が増えてもらえれば嬉しいです。

